仕事ができないんじゃない。したい時だけする。それが選ばれし者のスタイル【おっさんはゴルゴ13】

仕事ができないんじゃない。したい時だけする。それが選ばれし者のスタイル【おっさんはゴルゴ13】

鉄砲イメージ
近所に住むおっさんはゴルゴ13だった。

今から20数年前のこと。
僕がまだ小学校低学年のくそガキだった頃の話である。

通学路の途中に一人暮らしをしているおっさんがいた。
そのおっさんは、ブルートタンでできた一階建ての小屋に住んでいた。

ブルートタンの小屋におっさんは住んでいた

僕の育った土地は世界有数の大都会東京にありながら、なかなかのど田舎っぷりを発揮する地域であった。

どの程度の田舎だったかというと、

・クラスメートの1/3が同じ名字
・クラスメートの半数以上が同じ床屋
・「一級河川」の看板があり、都会の小学生が社会科見学に来る
・近所の牛が脱走して、街中に戦慄が走る
・給食には農家の森さんの家で穫れた食材が入っている
・中島さんの家は山を所有している
・その山では普通にミヤマクワガタが採れる
・自転車を走らせていると、拳大の虫が顔に当たる

といった具合に、もろもろの「田舎あるある」を列挙できるくらいには田舎であった。

そして我が家のように外部から引っ越してきた人間は、古くからその地で暮らす人たちのスケールに圧倒されるばかりであった。当時はさしたる疑問も持たずに暮らしていたが、今になって振り返るとなかなか浮世離れしていた土地だったのかもしれない。

そんな土地で、ブルートタンでできた小屋におっさんは住んでいたのである。

年齢は30代半ば。
中途半端に伸びたスポーツ刈り。
サンダル履き。
そして家の青さに負けないくらいの真っ青なウィンドブレーカーを一年中愛用していた。

下校途中におっさんの家の前を通るのだが、おっさんは必ず家にいた。時刻は14:30〜15:00前後。軒先から足の裏をこちらに向けておっさんは豪快に寝ていた。そして家の前を小学生が横切るをたびに顔を上げ、うるさそうに顔をしかめるのだった。

自分の親が家にいない時間帯に、当たり前のように家にいるという事実。
惜しげもなく大の字で豪快に寝ているという事実。

当時の僕たちにとって、その姿は非常にミステリアスで、ただならぬ空気感をまとって見えたものである。
カッコいい。あのおっさん、本物だ。
何がカッコよくて何が本物なのかはわからないが、とにかくあのおっさんは本物だ。ただ者ではない。間違いない。

おっさんはスナイパー。おっさんは僕たちのヒーロー

ただならぬ雰囲気を醸し出すおっさん。
だが、おっさんの魅力はそれだけではなかった。

おっさんはスナイパーだったのである。

おっさんの家の前には、一本の柿の木が立っていた。
おっさんはその木にお手製のダーツボードを吊るし、狙撃の練習を行っていたのだ。

おいみんな!! 今日はおっさんが銃を構えてるぞ!!
僕たちはそんなサプライズに週に1、2回遭遇するのである。

おっさんが銃身を標的に向けて静止する。
片目を閉じ、狙いを定める。
ピンと張りつめる空気。
押しつぶされそうな緊張感。
まるで、おっさんの周囲だけが異空間であるかのように。

僕たちは固唾を飲んで見守る。
息をひそめる。かすかな物音を立てることも許されない。

数秒の静寂。

そして……。

ピシュッ!

エアガンから放たれた弾が、見事にボードの中心をとらえる。

「ふうっ」
息を吐き出すおっさん。

張りつめた空気が弛緩する。
緊張と緩和。

「うおおおぉぉ!!!」
「すっげえ!!」
僕たちは思わず歓声を挙げてしまう。

本物だ。
間違いない。
おっさんはスナイパーだ。
職業スナイパー。マジでクール。

狙った獲物を確実に打ち抜くおっさん。
僕たちは完全におっさんの虜だった。
 
「費用対効果、コストパフォーマンスのこと。いくら払えば文句OK? 逆に「その金額でその言い分はねえわww」の基準は?」
 
近寄りがたい危険な空気。
スナイパーとしての確かな実力。
そう、これが本来のおっさんの姿なのだ。

シンジケートからの依頼を待つ間、常に鍛錬を欠かさない日々。
おっさんの存在すべてが、僕たちのヒーローそのものであった。

エアガンを本物の銃に持ちかえた時、おっさんの目は獰猛な捕食者と化すのか。それとも冷静沈着な機械(マシーン)なのか。戦いの中に身を置く者の孤独感。生ける伝説がそこにいた。

「おっさんvs蛇」。世紀の一戦のゴングが打ち鳴らされる!!

「あ、蛇だ!! 蛇がいる!!」
ある日、いつも通り下校していると、お調子者の二階堂君がこう叫んだ。

彼の指差した方向を見ると、太い木にアオダイショウが巻き付いていた。そして、氷のような冷たい目でこちらを凝視していた。
生々しい青緑色の身体、まだら模様、角張った頭部。不気味な存在感。未知なる生物との遭遇に、僕たちは凍てついた。

「こええよ。まじやべえ。どうする?」
二階堂君が言う。どういうわけか、少し得意げである。

「どうするよ。このままじゃマジやべえよな」
どうするも何も、さっさとその場から立ち去ればいいのだが、見つけてしまったからにはそうはいかない。

「どうする?」
「やばくね?」
顔を見合わせる。

「そうだ。おっさんに頼んでみようよ!!」
切れ者の守屋君がそう言った。

おおおぉぉ……。

何という名案を。

そうだ。
僕たちにはヒーローがいたではないか。

おっさんであれば。
おっさんであれば、このピンチから僕たちを救ってくれるかもしれない。
いや、きっと救ってくれるに違いない。
おっさんであれば。
僕たちのヒーロー、おっさんであれば。

満場一致で決定したヒーロー召還。
僕たちは全速力でおっさんの住むトタン小屋へで向かった。「おっさんvs蛇」という世紀の黄金カードに胸を躍らせながら。

おっさんは本物のプロなのだ。だから仕事を選ぶのだ






「いや、無理だよ……」
「当たっても、死なないと、……思うよ」
「やめた方が……いいよ」
「そ、それは無理だって…」

僕たちが指し示す方向を見上げたおっさんは、ひたすら消極的な言葉を繰り返すだけであった。ぎょろりとした目を泳がせながら。
1秒でも早くこの場を去りたい。小学生にもわかるほど、おっさんの拒否反応と狼狽ぶりは露骨だった。
 
スポーツにおける暴言、暴力による熱血指導()で抱えたトラウマの話。「あの頃があったから今の自分がある」のかもしれないけど、負の側面の方が多そうだよね
 
「え? でも一応撃ってみようよ」
僕たちが何度お願いしても、おっさんは首を縦に振ることはなかった。

なぜだろう。
僕たちが突然訪問してしまったものだから気分を害したのだろうか。
いくら安眠を妨害されたからといって、おっさんともあろう者がそんなことくらいで機嫌を損ねてしまうのか。
なぜだろう。
おっさんの実力を見せつける絶好の機会だというのに。

要するにこういうことなのだ。
おっさんレベルになると、おいそれと素人に実力を見せるわけにはいかないのだ。
「能ある鷹は爪を隠す」
おっさんは蛇を倒せないわけじゃない。倒したくないわけでもない。
仕事以外で自分の腕を振るうことを拒否したのだ。本物のプロとして、仕事に対するプライドを大事にしたのである。

そもそもおっさんの莫大な報酬を僕たちのような小学生が払えるわけがない。ひょっとすると、僕たちの親が財産を投げうったとしてもまかなえるような金額ではないのかもしれない。それほどおっさんの仕事には価値があるし、おっさんはプライドを持って仕事に取り組んでいるのだ。

「仕事のやる気をなくさせる上司の行動、言動を考える」

おっさんは仕事ができないんじゃない。仕事をしたくないわけでもない。
自分で仕事を選んでいるのだ。
それがおっさんの仕事のスタイル、選ばれし者だけに許されたスタイルなのだ。

「おっさんvs蛇」という世紀の対決に立ち会えなかった帰り道、失意の中で僕たちはそういう結論を導き出したのだった。

数年後、僕たちが高学年になる頃。おっさんはトタン小屋だけを残して姿を消した。
より難度の高いミッションのためにアジトを移したのか、はたまた別の組織からの依頼を引き受けたのか。もしくは殺し屋に命を狙われているのか。すべての真相は闇の中。それ以来、僕たちがおっさんの姿を目にすることは二度となかった。

僕たちのヒーロー、トタン小屋のゴルゴ13はこうして去っていったのだった。

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