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東北被災地のボランティアが不足してるってさ。行った方がいいんじゃないの? もっと協力して欲しいってさ。寄付した方がいいんじゃないの? 「うるさい」って言われるけどね

仕事・会社, 生活, 雑談 | 2016年2月12日 | タグ: , , ,

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被災地イメージ

最初に申し上げておきますが、今回の内容はあくまで僕の独りよがりの意見です。少々過激なものになっていますので、もしかしたら不快に感じる方もいらっしゃるかもしれません。
もし不快に感じられた方はそれ以上読み進めずにブラウザを閉じることをおすすめします。



被災地のボランティアが不足しているらしい。
たまたま観たテレビ番組によると、被災地に足を運ぶボランティアの数は最盛期の6%にまで減少しているとか。

「被災地のボランティア激減 震災の年の6%に」

今もなお支援が必要な地域は多く、まだまだ元の生活を取り戻せずに苦しんでいる人もたくさんいる。そんな人たちのためにも少しでも多くの支援をお願いしたい。
そんな内容だったと思う。

なるほど。
確かにそうだろう。
廃墟と化したあの街がたった数年で元通りになるはずがないし、あの地震で仕事を失った人の生活もまだまだ苦しいのだろう。当然の話だ。素人の僕でもわかる。

「親の教育・子育て失敗回避? 横並びはマジで大事。流行りには絶対に乗るんだぞ!!」

ただアレだ。
僕はボランティアには行かないし、寄付もしないけどね。

被災地の人たちは後ろ向きになっちゃダメなの? へこたれちゃダメなの?←知らん

「いい加減、復興、復興うるさいです。」
僕はこれで寄付を止めました。

この「いい加減、復興、復興うるさいです。」という言葉は確か、2012年にNHKで放送された「青春リアル」という番組で使われたキャッチフレーズだったと思う。

宮城県に住む被災者の高校生が立ち上げたトピックで、被災地に住む当事者たちの気持ちと現状についての討論が番組内で行われたという。

メディアの叫ぶ「がんばろう」や「復興のためにできること」といったフレーズを耳にしても力が沸いてこない。
がんばらなくちゃダメ?
被災地の人間は弱気になったらダメ?
後ろ向きな気持ちになるのってそんなにダメ?
いい加減、復興、復興うるさいです。

確かそんなことだったと記憶している。
まあ番組自体を観ていないのでよくわからないのだが。

当時、この衝撃的なフレーズは大いに話題になり、巷でもちょっとした議論になったことを覚えている。

・がんばれって言われても前向きになれない人もいる
・他人が何かをしてあげたいと思う気持ちを当事者に押し付けてはいなかったか?
・心に響いた
・理解することはできないだろうが、理解しようとし続けたい

このフレーズに心を動かされた人は多く、震災との向き合い方や自分のスタンスを見つめ直すきっかけになった番組だったようである。

知るか。

「尾木ママが「北海道小学生置き去り騒動」の子どもの実名を連呼しとるんだが」

視聴者の視線を引きつけるための煽り文句なのはわかっている。でも無理だ


先ほども言ったように、僕はこの番組を観ていないので実際はどんな内容だったのかを正確には把握できていない。

というより、
「復興、復興うるさいです」
この字面を見た瞬間に胸くそが悪くなり、番組自体をスルーした。

「祖母の終末介護の時期にクソ医者が吐いた暴言で傷つき、はらわたが煮えくり返ったお話」

たぶんちゃんと番組を観ていればいろいろ考えさせられるきっかけにもなったのだろう。刺激的なタイトルの裏には深いメッセージが込められていたことだろう。視聴者の視線を引きつけるための煽りの意味合いが強かったことも重々理解している。

それらを踏まえた上で、なおかつこう思った。
「じゃ、止めた」

止めたのは番組を観ることだけじゃない。
寄付も止めた。
ボランティアに行くのも止めた。
復興の手伝いをするのを全部止めた。
復興税とかいうヤツを強制的に徴収されていることも気分が悪い。
そのくらい全部止めた。

「店員に嫌われる客について。居酒屋でバイトしていた俺がつまびらかに語っていくぞ」

僕にも何かできることはある。復興支援の準備は万端だった

2012年当時、被災地に関する情報は今とは比べ物にならないほど溢れていた。

進まない復興。
人手不足。
心の傷。
足りない物資。
放射能の脅威。

などなど。

映画のワンシーンのような光景がわずか2時間で着く場所で起きている事実に愕然とし、日本という国が深刻な自体に追い込まれていることを実感した。

そして、僕のような小物にも何かできることはないかと考えた。
どこに寄付をすればいいのか。
どこに連絡すればボランティアに参加できるのか。

自分の寄付したお金が被災地に届くことを確認できるように、なるべくお金の流れを明確にしている機関を探した。数あるボランティアの団体から、評判のいい団体を調べて自分の予定と照らし合わせた。

後はお金を出すだけ。
ボランティアに申し込むだけ。
そこまで準備を整え、後は行動に移すだけの状態だった。

その段階で目にしたのが、
「復興、復興うるさいです」
このフレーズだったわけである。

支援は「気持ち」。でも「支援したくなくなる」という気持ちもあるんだよ


刺激的なタイトルで視聴者の心理を煽るのはメディアの常套手段だ。だが、あの時のあれはさすがにやり過ぎだったと思う。

決して「復興、復興うるさいです」と言った高校生を批判しているわけではない。
あのフレーズを前面に押し出して視聴者の興味を引こうとしたことがあまりに浅はかだったのではないかと言っているのだ。

少なくとも、このタイトルのせいで被災地を支援しようと考えていた人間を1人減らしてしまったことは紛れもない事実である。僕ごときの支援がどこまで役に立つのかという疑問は置いておいて。

正直、僕は自分の考えが正しいなどとは思っていない。
正論だとも思わない。

この番組を観て、実際に理解しようとつとめたり、自分を見直すきっかけを与えてくれたと捉える人たちの方がはるかに前向きで正しい思考なのだと思う。

もっと言うと、将来的に僕の住む地域にあのような災害が起こる可能性がゼロではないことも重々承知している。

だけど無理。
気持ちの面で無理。

「うるさい」と言われた瞬間冷めた。
気持ちが全部冷めた。



ん?
気持ち?

寄付や支援というのはあくまで「気持ち」であって、打算的なものが介入するべきではない。これもわかる。
見返りなぞを求めて復興支援に関わるべきではない。まさに正論だ。

だったら、逆に「寄付したくない、うるさいと言われてまで支援する気が起きない」。
これも気持ちであるべきと思うのだ。

「哲学の木は撮影禁止にするより、入場料を徴収して商売するべきなんじゃないか」

はっきり言って、僕は裕福ではない。
どうにか自分の生活をよくしようと、毎日必死こいている。

僕自身が必死に働いてコツコツと貯めたお金。そして僕の時間。それらは何物にも代え難い貴重なものだ。

もっと言ってしまえば、僕のお金や僕の時間は僕の血肉に等しい。
それを無償で差し出すというのはつまり、身体の一部をもがれることと同義である。
そこまで大事なものを「うるさい」と言われてまで差し出す気になれますか? という話である。

なります?
少なくとも僕はならんですね。

うるさい?
あ、そう。
じゃ、ええわ。好きにして。

僕はそう言いますね。
精神的にガキなもんですみません。
でも無理なもんは無理。

「リゾートマンションを賃貸で手に入れた場合の維持費はどれくらいかかるのか?」

だからこう言います。

東北被災地のボランティアが足りてないってさ。
行った方がいいんじゃないの?

僕は行かないけど。

もっと協力して欲しいってさ。
寄付した方がいいんじゃないの?

僕はしないけど。


もう一度申し上げますが、これはトピックを立ち上げた高校生を批判しているわけではありません。視聴者の関心を引くための煽り文句は諸刃の剣であること、ときに逆効果になるということをお伝えしたかっただけです。







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