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日本の格闘技が不人気な3つの理由【低迷? 迷走?】

ボクシング観戦, 趣味, 雑談 | 2015年9月17日 | タグ: , , ,

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星空イメージ
日本の格闘技界は今、間違いなく低迷している。
90年代から2000年代にかけてさまざまなイベントが乱立し、空前の人気コンテンツとなった時代も今は昔。地上波放送はなくなり、CS放送で細々と放送が行われるだけのマイナーなジャンルになり果てている。
唯一、アントニオ猪木の主催するIGFの大晦日イベントがかろうじて世間に認知されているくらいだろうか。

僕はこの日本格闘技界の現状が非常に切なく感じている。個人的に格闘技は好きだし、少しでも多くの人に観てもらいたいと思っている。

「メイウェザー、やっぱり判定勝ち!! 現役ラストの試合でも挑戦者ベルトに何もさせず」

ただ、残念なことに今後日本の格闘技界が浮上する可能性は低いと感じるのもまた事実である。
というわけで今回は「日本の格闘技が不人気な3つの理由」と題して、日本の格闘技界が低迷している理由を僕なりに考えていこうと思う。

「格闘技界に夜明けがくる? 年末イベント「RIZIN」開催発表!! ヒョードル現役復帰で格闘技界が再び盛り上がる?」

感情が爆発してちょっとキツい言い回しになることもあるかもしれないが、そこは大目に見ていただきたい。

理由1:アングラすぎる・テレビ的にアウトな観客が多過ぎる

格闘技の会場に行くとわかるのだが、ここで書けないような放送禁止用語や差別的発言が観客席から当たり前のように飛び交っていることに気づく。

「モデルボクサー高野人母美KO負け!! 今後のボクシング界のために高野人母美の後継者を大至急探すんだ!!」

特定の国の人を差す蔑称や、身体的特徴を蔑む言葉。人生であまり聞くことがない言葉が当然のように耳に入ってくることに驚きと戸惑いを覚えること請け合いである。
すべてのイベント、すべての会場がそうだと言うつもりはないが、とてもじゃないがあの空気感は地上波のゴールデンの視聴に耐えうるものとは言い難い。

「日本が南アフリカに勝利!! 日本代表を支える外国人。ラグビーW杯で起きた奇跡をひも解く」

もしかしたら野球場にも同じような人間はいるという指摘があるかもしれない。野球はテレビで中継されているではないかという意見があるかもしれない。だが、観客席とグラウンドに距離がある野球と、リングサイドを観客が埋める格闘技とでは話がまったく違う。

「アンドレ・ベルトがロンダ・ラウジーのコーチに名乗り? 何か勘違いしてねえか?」

ああいう顔をしかめたくなるようなアングラ感が払しょくされない限り、格闘技が本当の意味でお茶の間に浸透するのは難しい。

その点、K-1は健全だったという言葉を聞いたことがあるが、そういう印象を持っている人がいるのであればK-1のイメージ戦略は成功していたのだろう。

「亀田興毅、河野に判定負け!! ダウンも奪われ完敗、試合後に引退を表明する」

また、2014年大晦日のIGF主催イベントで起きたゴタゴタに対し、格闘技用品会社の社長やチケットショップの社長が特定の選手を公然と批判していたのには驚いた。しかも試合内容についての批判ではない。言ってみれば人格否定。その選手の人間性や行動倫理に対する批判である。

これはちょっとすごいことだと思うのだが、どうだろうか。
サッカーで言えば、アディダスの社長がメッシの人間性を否定するようなものではないのか。
昔、読売巨人軍の元オーナーである渡辺恒雄氏が、清原和博氏のピアスについて公の場で苦言を呈して大きな反響を呼んだことがある。今回の出来事はそれに匹敵するのではないだろうか。

「K-1選手やアーセンも参戦!! 木村ミノルは出るのか? RIZIN榊原信行が有能すぎて震えるんだが」

そして、これだけ重大な出来事が大した騒動にもならずにスルーされる市場規模の小ささ。これを目の当たりにしたときに、狭い範囲で少ないパイの取り合いをしている格闘技界の現状を垣間見た気がしたのである。

「みんな範馬勇次郎になりたいんだよ。護身? 礼に始まり、礼に終わる? んなわきゃねーだろ」

理由2:綺麗ごとが邪魔くさい


僕はボクシングもそうだが、格闘技全般が好きだ。
格闘技がもっと世間一般に浸透してほしいと思っているし、格闘家の方の待遇も上がってほしいと願っている。

「UFCが終わる? ロンダ・ラウジーの敗北はUFC終焉の序章」

格闘技というのはご存知の通り、危険と隣り合わせのスポーツである。常に身体に障害が残るリスクを背負いながら相手と対峙する日々を送らなくてはならない。当然現役でいられる時間は他のスポーツと比べても短く、超のつくほどの有名選手でない限り引退後の保障があるわけでもない。
そこまでのリスクを背負って競技をしている選手たちは、果たしてそれに見合った報酬や待遇が得られているのか。

「吉田沙保里が現役続行しなくてはいけな3つの理由。引退? 進退? コーチ業で後進指導? いやいや、吉田沙保里はこれからでしょ」

わかりきっているが、答えは「No」だ。

「自分はお金よりも大事なもののために戦っている」
「あの体中の血液が沸騰するような一瞬が好きだ」

「格闘技「RIZIN」で高坂剛が現役復帰? おいおい今さら高坂なんか観たいか?」

よくわからないが、お金や地位以外に大事なものがあると主張するのであれば一向に構わない。だが、すべての選手がそんな綺麗ごとだけでしんどい思いをしているわけではないだろうし、そもそもお金がいらないのであればアマチュアでやればいいじゃないかという話である。

「モデルボクサー世界挑戦! 女子ボクシングが格闘技界を救う?」

格闘技なんて所詮、他人をぶん殴ってねじ伏せるための技術である。
「健全な青少年の育成」などと綺麗ごとを並べたところで、自分たちがやっているのは単なる暴力の延長線上にある人体破壊の技術だということを自覚するべきなのだ。そして、その暴力をいかにエンターテインメントに昇華させるか。そのことに頭を使うべきなのである。
だが、余計な武道精神が邪魔をして綺麗ごとを捨てきれない人間が本当に多過ぎるのだ。
「礼に始まり礼に終わる」
そういう独りよがりな理想論はアマチュアでいくらでもやれるし、自分の理想郷を追い求めたいならどこまでも追求すればいい。ただしあくまでも趣味で。
お金をもらうプロである以上、観に来ている人間を楽しませる義務がある。インパクトを残す試合を見せてなんぼなのだ。

「格闘技を生で観戦してはいけない理由」

いくら人間性が優れていようが、試合がクソつまらないのであれば観る価値はない。逆に人としてどれだけクズであっても目が離せないという人間も確実に存在する。プロの興行的にどちらの人間に価値があるかといえば、間違いなく後者である。

「ロンダ・ラウジー失神KO負け!! ホーリー・ホルムが秒殺女王を完膚なきまでに叩きのめし、女子MMAの歴史を動かす【UFC193】」

別に、真性のクズである必要はまったくない。観客にウケる、観る側の印象に残るような偶像を自分で作り上げればいいのだ。それこそがセルフプロデュースというものであり、それを進んでやっていたのが魔裟斗なのである。

理由3:発信力、セルフプロデュース力がなさ過ぎる

これは本当に前から言っていることなのだが、格闘家はただ競技をやっているだけの人間が多過ぎる。もっと自分を魅せる力、発信する力を身につけるべきである。

いくらハイレベルな技術を披露しても、誰も見ていないのではそんなものは無に等しい。「これができるのは自分しかいない」と主張したところで、誰もいないところで吠えてもプロ格闘家としては何の意味もないのだ。

誰にもできないハイレベルな技術を披露する前に、やろうと思えば誰でもできるセルフプロデュースに力を入れるべきなのである。

「曙、サップ再戦キター!! 「今さら興味ない、需要ない」って批判しても結局視聴率高いんだろ?」

まあ、そのセルフプロデュースにも相応のセンスが必要になるのが難しいところではあるのだが。
ちなみにだが、亀田興毅のパフォーマンスがなぜ受け入れられないかというと、あの男にセルフプロデュースのセンスがないからである。
ねちゃっとした関西弁、声のトーン、ワードセンス。どれもが見る者聞く者に否応なしの不快感を与える。残念なことにパフォーマンスの奇抜さ、おもしろさよりも不快感が勝ってしまうのだ。

これはもはや生まれ持った才能なので仕方ない部分もある。だが、亀田興毅が自分たちの存在を世間にアピールする姿勢は、間違いなく多くの格闘家が見習うべき部分である。
前にも言ったが、個人的に彼の試合には全く興味がわかないのでアレなのだが。

「亀田和毅vsマクドネルの再戦迫る!! 勝敗予想は? 亀田和毅の実力は? マクドネルの返り討ちか?」

そういった意味で中井りんは本当に残念だった。
「チャンピオンに敬意をはらえない番組には出ない」という理由で今までテレビ出演を断っていたらしい。
いったい何を言っているのだ。
中井りんが何という団体のどんなチャンピオンなのかを言える人が日本でどれだけいるというのか。そんな誰も知らないチャンピオンという地位に何のプライドを持っているのだ。

中井りんはパンクラスという団体のチャンピオンなのだが、チャンピオンとは言ってみればその団体の顔である。そしてその団体が世間に浸透していないのであれば、自らが人身御供となって団体の宣伝をするべきではないのか。

「茶番? 魔裟斗vs山本KID再戦を観たけど確かにしょっぱかったな」

実のところ中井りんには期待していた。グラビアをやったり奇抜なコスチュームを着たり、世間に浸透しようという努力がうかがえる選手だったのだ。
だが、その実態は「権威」とか「プライド」という空虚なものを自己プロデュースよりも優先させてしまう精神性だったことにひどくがっかりした。正確には指導者のWILD宇佐美氏の意向らしいのだが、空虚なものに値打ちこいた態度が自分たちにとってどれだけ損かということを大至急自覚していただきたい。
まあ、2014年9月のUFC JAPANでのしょぼい試合を観てだいぶ見限った部分はあったのだが。

結局、90年代から2000年代にかけての日本格闘技界への貢献度でいえば、80%以上は魔裟斗である。後は山本KID、桜庭が5%ずつ、須藤元気と小川直也と青木信也、自演乙雄一郎、武蔵あたりを全員足して5%、その他大勢で残り5%といった程度だ。ほぼ魔裟斗一人のおかげといっても過言ではない。

覚えていると思うが、あの頃の魔裟斗はさまざまなメディアに積極的に出ていた。自らが広告塔になることによって、K-1 MAXの存在、格闘技の存在を懸命に世間に認知させようとしていたのだ。
その容姿を活かしてファッション雑誌に出たり、芸能人と並んでクイズ番組のパネラーで出演したり。一時期、ゴールデンタイムでレギュラー出演していた番組もある。

その甲斐もあって魔裟斗の名は全国区となり、K-1 MAXの存在は世間一般に知れ渡ることとなったのだ。

「リオ五輪のウサイン・ボルトが100m、200mで金メダルを獲得する理由」

実際のところ、魔裟斗と同じレベルで名前と顔が一致する格闘家を日本でどれだけ思い浮かべることができるか。それだけでも魔裟斗の偉大さがわかるというものである。
魔裟斗の絶大な貢献度。そして魔裟斗の姿勢。日本の格闘技界の関係者はそのことを強く意識するべきなのだ。

【余談】突然の政治思想全開トークはびっくりするぞ

これは完全に余談なのだが、格闘技関係者はSNSなどで政治思想を語るのをやめた方がいいと思う。

さっきまで格闘技愛を語っていた人間が突如として歪んだ母国愛や諸外国批判を始めたりする。見ていて楽しいものではないし、単純にびっくりする。
別にどんな思想を持っていても他人に迷惑をかけない限り自由なのだが、SNSの公式アカウントなどで躊躇なく政治主張をするというのはどうなのだろうか。いい悪いではなく、それを読んだ人が果たしてその人間や会社のファンになってくれるのだろうか。ファンになりかけていた人間を遠ざける結果になりはしないだろうか。

「至極?の対戦カード4試合発表! RIZIN出場選手発表!!」

僕の印象だが、強い口調で政治的思想を発信する格闘技関係者や格闘技ファンは意外と多い。その辺りも格闘技というジャンルが一般へ浸透するのを妨げる原因になっているのではないだろうか。


もう一度言うが、僕は格闘技が好きである。
格闘技がおもしろいという人がもっと増えてほしいと思っているし、格闘家の方たちの待遇もよくなって欲しいと願っている。だが、90年代から2000年代にかけての格闘技ブームを一過性のもので終わらせてしまった大罪の傷跡は大きく、ここから浮上するのは相当難しいというのが僕の率直な意見である。









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