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公平なジャッジなんて存在しないよね。それよりジャッジを味方につけた方が建設的かな? カネロvsゴロフキンの判定結果が物議だけど

ボクシング観戦, 趣味, 雑談 | 2018年9月18日 | タグ: , , , , ,

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ジャッジイメージ
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2018年9月15日(日本時間16日)、米・ロサンゼルスで行われたWBA・WBC世界ミドル級タイトルマッチ。
サウル・“カネロ”・アルバレスが統一王者ゲンナジー・ゴロフキンに2-0(114-114、115-113、115-113)の判定で勝利し、見事王座に輝いた試合。
 
「カネロvsゴロフキン再戦感想。最強王者を真っ向勝負で上回ったカネロ。前回を超える感動的な試合」
 
ところが、カネロ陣営や多くのファンが歓喜する中、ゴロフキンの勝利を主張する声も多数聞こえる。
中には116-111でゴロフキンの勝利だとする意見もあり、前戦に続いて判定結果に物議を醸しているとのこと。


特にゴロフキン優勢と思われた12Rをジャッジ2人がカネロを支持したことは大きく取り上げられ、中にはカネロへの忖度ではないか? との批判も沸き起こっている。
 
また、村田諒太の所属する帝拳ジムの浜田剛史も、ジャッジが違えば結果が変わるほどの試合だったとの見解を述べるなど、各所で公平性を問う議論が展開されている。
 
「【浜田剛史の目】もしジャッジ違えば勝敗変わるほどの僅差シーソーゲーム」
 

やっぱり起きるよなぁ判定結果への議論。微妙だったしアンチカネロも多いし、仕方ないよね

先日のカネロvsゴロフキン戦の判定結果に対する議論が各所で起きている。
 
予想通りというか、やっぱりというか。
カネロ憎しの感情も多少は影響しているのか。
 
今回もゴロフキン勝利を推す声は多く、それに伴い、カネロを支持したジャッジの忖度を疑うような批判すらも聞こえる状況。
 
また、2017年5月の村田諒太vsアッサン・エンダム戦での不可解な判定や、2017年9月のカネロvsゴロフキン初戦での引き分けなど。
 
相変わらずボクシングの判定に対する疑惑や疑念は尽きない。
 
あまりに頻発する疑惑の判定を受けて、
「ボクシングの裁定方法自体を変更するべき」
「一番公平な結果が得られるのはどんな方法?」
といった話もファンの間で交わされている。
 
「村田再戦で勝利!! 絶不調のエンダム(ヌジカム)にTKO勝ちでミドル級戴冠。疑惑の判定から因縁に終止符を打つ」
 
ただ、これについては僕自身、あまり興味がない
 
もちろん各ラウンドでどちらがポイントを取っているか、最終的に勝ったのはどちらかの話は大事だが、それよりも試合の流れや両陣営の考えを想像しながら観る方がずっと楽しかったりする。
 
このラウンド以降、流れが変わったとか、あの失速から一気にペースアップしたとか。
ポイント計算もいいのだが、試合中の両者の駆け引きや作戦の部分に注目する方がよっぽど有意義な気がしている。
 
「村田諒太がやっぱりロブ・ブラント戦。ビッグマッチへの足掛かり? 結構いい試合になりそうな…」
 

公平なジャッジなど存在しない(と思う)から。本当に公平さを追求するならその場で結果を出すのは不可能


表題の通りなのだが、大前提として真に公平なジャッジなどはこの世に存在しないと思っている(僕は)。
 
WOWOWエキサイトマッチの解説者がよく言う「リングサイドとテレビ画面では印象が変わる」という言葉。
この時点で公平性を放棄していることはわかるし、別にそれについての苦情を聞いたこともない。
 
また、試合の流れや会場の雰囲気などのさまざまな外的要因により、ジャッジの受ける印象が変わるとも言われている。
 
「エストラーダ辛勝。オルクタのパワーに苦労して判定勝利。危なかったなオイ。vs井岡もおもしろそう?」
 
とことん公平性を追求しようと思えば、極論その場で勝敗を発表するのを止めるしかない。
 
翌日以降、誰もいない密室で無音のVTRを見ながらポイントを割り振る。
流れや雰囲気に影響されないように、無作為に選ばれたジャッジが1Rずつ交替で。
 
つまり、世界戦を開催する上で必要なジャッジは合計36人。
両選手と一切関わりのない第三国の人間を無作為に選出し、監視付きの密室で「せーの」でジャッジをスタートする。
 
当日の会場では、
「最高の一戦でした」
「レナードvsハーンズを想起させる名勝負と言えるでしょう」
「では、勝敗は明日のジャッジをお楽しみに!! see you!!」
 
こんなことができるわけがない。
ライブ感が命のプロボクシングで、「結果は明日まで待ってね」など許されるはずがない。
 

不可解なジャッジ、外的影響を受けて判定がブレるケースはいくらでもある。選手はそれを前提でプレーしなきゃいけない

そもそも論として、不可解なジャッジというのはどの競技にも存在する。
 
2010年のバンクーバーオリンピックで、フィギュアスケートのキム・ヨナ選手に異様に高得点が出たり、先日のテニス全米オープン決勝でセリーナ・ウィリアムズへの裁定に疑問符がついたり。
 
「大坂なおみのグランドスラム優勝がいかにすごいかを語ってみる。全米オープンでセリーナに勝ったって、とんでもないことですよ?」
 
そこまで極端な例でなくても、ラグビーの試合で文句を言った選手側のチームが、10mバックと言いつつ20mほど後退させられるのを観たこともある。
 
「神戸製鋼ダン・カーターがデビュー。サントリーのマット・ギタウとマッチアップ。日本ラグビーとんでもねえわ」
 
中でも顕著なのは、野球のストライクorボールの判定
審判によって判定が変わるのはもちろん、試合の中で可変する場合も多々ある。
 
また試合展開や選手によって、ゾーンの広さが変わることも普通にある。
たとえば大量点差がついた最終回で、やたらとゾーンが広くなるのは「あるある」。絶対的守護神が登板した際に広くなるのも「あるある」。
 
逆に強打者が打席に立つと、ゾーンが狭くなるケースも十分考えられる。
「落合ほどの強打者が自信を持って見逃したなら、今のはボールだ」みたいな。
 
選手の格によって審判を味方につけたり、若手が妙に厳しい判定にさらされたり。
その他、ホームチームに緩い判定が下されるというのも、印象としては十分あり得ると思っている。
 
本来あってはならないことなのだが、「微妙な心理状態で判定が揺らぐ」ことはマジである
 
「守りたいこの笑顔w 松坂大輔が甲子園で復活の6勝目。ここにきて今季一番のピッチングとは。興奮し過ぎて健康損ねるレベル」
 
そして、選手側も「判定は揺らぐ」ことを前提にプレーしなくてはならない。
 
キャッチャーがミットを動かしてボールをストライクに見せる「フレーミング」は当たり前に使われている技術だし、MLBでは「いかに広いコースをストライクにしたか」の指標もキャッチャーごとにデータ化されている。
 
「キャッチャーはミットを動かすな」「ボールをストライクに見せるなんて邪道だ」とかじゃない。
 
1つでも多くストライクを取り、より失点を少なく抑える。
早い段階で審判の傾向を掴み、それに沿った配球を考える。
 
「勝利」のために、それぞれの選手があらゆる状況を加味して最善を尽くす。それだけ。
 
「ワンヘンすご過ぎワロタw タドゥランに判定勝利でV10達成、メイウェザー超え。ボクシングはゲージュツでありカガクであるw」
 

当日の状況、会場の雰囲気、ジャッジの傾向を把握し、戦略を練る。卑怯とかではなく、勝利のために最善を尽くすだけの話


もちろんボクシングでもそれは変わらない(と思う)。
 
より有利な状況を作るために、試合の規模が大きくなればなるほど開催地にこだわるのは当たり前。
 
「きたぜ亀田和毅。アビゲイル・メディナと暫定世界戦。予想は7:3くらいで有利? 一応「2階級制覇をかけて~」でいい?」
 
会場の雰囲気や声援の大きさが多少なりともジャッジに影響するなら、地元開催やファンベースのある場所での開催は大きな意味を持つ。「声援が力になる」という意味以上に。
 
よく知らないが、日本でも仮に「名古屋判定」というものが存在するなら、それに即した試合運び、戦略を考える必要がある。
 
「田中恒成ええじゃないですか! バルドナドを9RTKOで下し、フライ級初戦を飾る。木村翔戦は…全然わからん」
 
また、レフェリーの傾向や会場の状況を即座に把握し、作戦を切り替える柔軟性も重要になる。
 
アンドレ・ウォードvsセルゲイ・コバレフ戦でのウォードは、どこまでがローブローなのかをしっかりと把握した上で、低い位置をぶっ叩いて勝利した。
 
伊藤雅雪は異様に狭いリングを見て接近戦を選択し、見事にクリストファー・ディアスに打ち勝った。
 
そして今回のカネロvsゴロフキン戦では、際どいラウンドは自分に流れやすいことを把握したカネロが序盤から飛ばした。後半に失速しても、何とか逃げ切れると計算して。
 
「嗚呼ゴロフキンww マーティロスヤンがんばったけどな。ゴロフキンの衰え? あると思います」
 
卑怯でもない。
忖度云々でもない。
 
どの選手も当日の状況や会場の雰囲気、ジャッジの傾向を見て戦略を決定し、勝利につなげた。
先ほどの野球と同様、「勝利」のためにそれぞれが全力を尽くした結果というヤツ。
 
「村田がブランダムラを圧倒して防衛。お見事だった。てか村田の「目標はゴロフキン」発言にワロてまうんだがw」
 
要は「微妙なラウンドはカネロに流れるのが気に入らない」のではなく、「Aサイドが自分有利の状況をうまく利用して勝利した」と。
そう考える方がずっと楽しいよねと、個人的には思っている。
 
 
また、「判定を機械化すべき」という声もよく聞くが、それもちょっと違うなと。
 
近代化、IT化も結構だが、やはり人間が人間をジャッジするという生々しさはスポーツには残してほしい。
ボクシングであれば、その人間的な「ブレ」を丸めるためにジャッジが3人いるわけで。
 
だいたいそんな感じ。
 

「ジャッジを5人にする」案はいいんだけど、個人的には反対かな。やっぱりボクシングはエンターテイメントだから

なお、以前「ボクシングのジャッジを5人にすればどうか」といった話題を見かけた記憶がある。
ジャッジを5人にして、極端な判定を下した2人を切り捨てて中央値を取るとか、そういった提案だった気がする(違ったらすみません)。
 
これ、なるほどとは思うのだが、個人的には反対だったりする。
 
理由は簡単で、わかりにくいから。
 
「「大竹が負けるわけない」←これ言ったヤツ出てこい。僕だけどw マジか…。ドグボエの猛ラッシュに巻き込まれ1RTKO負け」
 
プロボクシングがエンターテイメントの側面を持つ限り、観客にとってのわかりやすさはめちゃくちゃ重要な要素。
その中で、公平な判定のためだけにジャッジを5人にすると、新規のお客さんに非常に説明しにくい。
 
ただでさえWBCだのWBAだの、スーパーだのレギュラーだの暫定だのとややこしい中、さらに判定の方法までわかりにくくするのは致命的じゃない? みたいな。
 
 
とりあえず言えるのは、インターバルの1分間で説明できないのはアウト。
WOWOWエキサイトマッチのオープニングでも毎回人を殺しそうなトーンで判定基準のナレーションが入るが、長さとしてはあのくらいがちょうどいい。
 
「激戦のアレクサンダーvsベルト。思った以上におもしろかったし、思った以上に泥試合だった」
 
もうね。
何だかんだで3人の多数決って絶妙なんですよね。
ボクシングや他の格闘技、柔道や剣道もそう。
 
3方向から見るという画もちょうどいいし、旗を上げると結果が一瞬でわかるのもいい。
 
「「ONE Championship」でシーサケットが防衛戦やるってさ。ようやくボクシングとMMAの選手が同じ日に同じ舞台に上がるんだね」
 
つまり、僕の中では現状が一番。
もちろん改善すべきところは変えていく必要はあると思うが、ガラッと変える必要性は感じない。
ベストではないがベター。
 
 
まあ、何とも言えないところですけどね。
 
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